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治療家側の努力と向上


 相談者の心と向かい合うために、そして人の心を理解するために、治療家はまず自分の心と深く向かい合い、心の世界を理解することが必要になります。自分の心を深く見つめることで人の心を理解できるようになります。そうしなければ、専門書で学んだ知識のみで人を導くことしかできず、非常に心細いものになります。治療家が、相談者と同じ体験を過去に持っている必要はありません。仮に持っていたとしても全く同じということはありえません。相談者と同じ体験を共有していなくても、過去の苦しみを真に理解でき、どのように導くべきかが分かることができます。相談者の心を自分の心で理解できたときに問題の解決策が見えてきます。本当に相手の心が見えて初めてその苦しみから解放してあげることができるものです。例えば、治療家が、相談者の過去の経験と全く反対の経験しかなくても(相談者は虐待を受けて育ったが、治療家は愛情深く育てられたとしても)心がどのようにその環境の中で影響を受け、それが相談者の現在にどのように作用しているかのメカニズムを、その対極である自分の心の中を深く見つめること(瞑想)で十分に理解し学ぶこともできるようになるものです。そのように自分を見つめ自分の心が分かり、心というものの奥深い本質が分かるようになるまでは、人を導くことなど決してできるものではないと思っています。


 誤解がないように付け加えますが、催眠療法というものは、人の無意識の中に治療家の観念(考え方や価値観)を植え付けるものでは決してありません。またそのようなことをしても心の病が治るわけではなく、単なる洗脳(マインドコントロール)になってしまいます。そうであってはいけません。相談者の人生を正しく支え導くためには、無意識の中に何かの暗示を入れることではなく、相談者自らこうなりたいという気持ちを手助けしてやることです。相談者のこうなりたいという正しい考えを育ててやることでもあります。


 心を見つめる前は、相談者は自分がどのように変わるべきかが分からず、唯、今の状態から抜け出したいだけの何も分からない心理状態だと理解しなければなりません。もちろん依存性も強くなっています。治療家としてもその依存性に対し、相談者との距離を置きながら対処しなければなりません。どうにかして欲しいという依存性が強まっている状態で、それを受け入れてしまえば改善など望めなくなってしまいます。特に催眠療法といえば、催眠にかけてもらい何か暗示を入れられたら別人のように変わっていけると思って、どうにかして欲しいと強く頼ってくる人もいます。依存される傾向が強くあります。しかし、依存関係を作り出してはいけないのです。


 また、催眠とは相手を簡単に変えてしまうような魔法ではありません。テレビの影響でしょうが、催眠の現象が一般に正しく理解されていないということがあります。人の心は、どうでもいいことは一時的に暗示を受け入れますが、あくまでも一時的です。人の無意識から働きかけている力や症状に対して、催眠暗示によって長期的に影響を与え続けることは簡単にはできないのです。テレビの娯楽番組でやっていることはうそではありませんが、あくまでも短期的に変化しているだけなのです。時間が経てばもとに戻るのです。


 しかしながら一時的であっても人の心はこういう現象も作れるのだということを知ってもらうために、私はテレビやその他の場所で催眠をかけ人を操ることもあります。


 考えてみて下さい。人がもし、簡単にしかも生涯にわたって別人になれるとすれば、それほど恐ろしいこともありません。人はそう簡単に他人の力によって変化することなどあってはいけないのです。だから心の世界を見つめ、自ら悟り、自分が与えられている暗示が、自分にとって必要だと真に分かったとき、その暗示をその人の無意識は生涯にわたって受け入れるようになるものです。またそこには意識も存在していますので、自らの日常における努力も怠りなくでき自分の成長にも役立つようになります。


 人は、人生において、運命という言葉に逃げ込んではいけません。運命だ、運命だと言っていては、歯を食いしばり努力して、人生を切り開いている人々の人生が分からなくなってしまいます。そういう努力している人々が、いかに人生に満足し努力に比例した生きがいを感じているかを、いかに有意義な満たされた人生を送っているかを私達は自ら体験して生きていく必要があると思っています。


退行催眠療法とは


 退行催眠とは、人の人生における過去のある時期に戻って、そのときのことを感情を伴って思い出させるテクニックです。ただし誰もが完全に忘れてしまっていた過去の記憶を劇的にそのときの感情を伴って思い出すものではありません。人は様々な個性や能力の違いがあるので思い出し方もまちまちです。


 しかし、その人の過去のトラウマや、長期にわたるストレスがどういうものだったのかを見極めなければいけません。そうすることで心の状態が改善されていきます。それゆえに、催眠感受性(催眠に入りやすさ)を観察しながらその人に最適な方法を模索しながら進めていきます。回を重ね催眠に慣れてくればくるほど違ったアプローチも可能になり、催眠にほとんど入りにくい人でも、より的確に原因を把握できるようになり、心をほぐしていくことも容易になります。催眠に全く入れないという人は原則として存在しません。でも、言語を理解する能力がない、集中力が散漫で思考が組み立てられない人、精神病圏内に入っている一部の人は無理というしかありません。そうでなければ、人は催眠に誰でも入れるし、入った深さの程度に違いがあるだけです。ではどちらが治り易いかというと差はありません。ただ、催眠感受性が高い程、退行催眠は入りやすくはなりますが、完治させることに意昧があるわけですから催眠によく入るとか入れないとかはさほど気にする必要はありません。もちろんその人の催眠感受性によってやり方を変えていきます。


 人は音楽を聞いたときに感じる感覚や、物を食べたときの味覚の能力などに違いがあるように、催眠を含め様々な分野において違った能力で処理しています。でも退行催眠の書物などに、このようにして忘れていた記憶がよみがえったと書かれていれば自分も同じように反応して同じような感覚で思い出すものと思い、そうならなければダメなような、うまくいってないように思ってしまいます。そんなことはないのです。催眠に入って遊んでいるわけではないので、目的となる過去の出来事が思い出され、原因として理解できればそれで十分なのです。


 退行催眠療法でいう退行催眠と催眠による年齢退行が同一視され誤解を生むことがありますが、催眠療法に必要な症状の原因を探り出す方法として、幼児期に戻り指をしやぶったり、幼稚園時代のお絵かきを始めたり、小学生のときの言動を再現する必要など全くありません。心の病を治すために必要なことは、その当時の自分を今の自分が客観的に見つめながら、当時の苦しかった、耐えがたい苦悩などを精神的に再体験することを私は重要視します。もちろん必要に応じて、再体験している苦痛などが限度を超えないように催眠の技法によりコントロールできますので心配は要りません。


 退行催眠のテクニックで過去のある時期を振り返るわけですが、何のためにそしてどのように振り返らなければいけないかが重要になります。いまの症状を作り出している、原因となっている過去のある時期、またはある時点において、その当時の自分がその状況をどのように感じ受け入れてしまったか。あくまでもその当時の自分を今の自分がもう一度体験し見つめなおすことが必要なのです。


 ただ単に過去の記憶を思い出すだけでは何の意昧も持てません。症状を作り出している無意識の中に封じ込められた過去の体験を甦らせ、それを無意識の領域に抑圧せずにはおれなかった感情を修正し、その記憶を無意識の領域から解放してあげるために、今の自分の理性で当時を再体験させながら客観的に学ばせていくことで、しこりをほぐし症状を消し去っていくことが重要だと考えています。このような療法を私は退行催眠療法と呼んでいます。


 退行催眠療法を行っていると、その人の過去をさらに通り過ぎて生まれる前の世界にまで戻っていくことがあります。これについては前世療法の中で触れていきます。生まれる前の別の人生にまで戻らなくても母親の体内に胎児として存在しているときのことが原因となっている場合がありそのときのことを解消することで治っていく場合さえあります。どちらにしても妊娠何カ月からどこまで胎児が記憶できるほど脳の発達があるか、言語が理解できるのかは分かりませんが、そのようなことを議論するのではなく、臨床の場において、相談者の無意識に存在しているその頃の心的ストレス、または、思い込みを解き放つことで、結果として治っていきます。