心を治すとは
催眠療法に限らず、悩める心をいかに癒すか、苦しい症状をいかに切り離してやるかという行為は、治す側が一方的に何かをして相手の心を変えていくことではありません。いわゆる治療家が、治してやるぞという高ぶった気持ちで相談者に接することがあるとすれば、その治療家は決して人の心を癒し治していくことはできないでしょう。悩める相談者の心に向かい合ったとき、なぜそのような症状に苦しむようになっていったかを相談者自らの人生を振り返るお手伝いをまずしなければなりません。それは、相談者が自分の心を客観的に見つめなおし、自らどう修正しなければならないかに気づかせることでもあります。そうして今までの人生において、不幸にも歪んでしまっていた心の状態を自ら修正していくことができるように導くことが、相談者の心の向上につながり、悩める心が力を取り戻していくのです。
こうすればよい、こうあるべきだと自分でも分かっているし助言もされる。しかしながら、どうしてもそう改善できないで相談者は悩み苦しんでいるのです。そうできない自分に嫌悪感を抱いてもいるでしょう。しかし、意識では分かっていることができないときは無意識からそうさせない力が働いていることを悟らせ、無意識の世界の歪みやしこりを解消するお手伝いをしてやらなければなりません。催眠状態の中で相談者の無意識の扉を開き間違った方向へ働いている力を修正してやることで、自分でも納得のいく生き方ができるようになり、症状などがあれば治っていきます。
トラウマ(心の傷)とは
最近はトラウマという言葉がよく使われています。一般的に使うトラウマという表現は、精神医学や臨床心理学の領域での厳密なトラウマの概念や定義では認められないこともあります。それは、トラウマによる後遺症が、損害賠償の対象として捉えられるようになったからです。未だに日本においてはトラウマによる後遺症の損害賠償というのがなかなか適応されませんが、賠償責任が問われるアメリカなどは賠償を対象とするトラウマの定義が必要となり、厳密な診断基準があります。だからそういった診断基準において、一般的に使っているような意昧合いでは、トラウマとして表現しない(認められない)場合や、現在はそこまで広範囲に認められていないが近い将来は認識され認められるだろうという部分も含まれ表現される場合もあります。トラウマというものは、個人差が大きいだけにまた偽ることができるだけにしっかりした枠決めが必要になります。
トラウマと共にPTSD(心的外傷後ストレス障害)という言葉もよく使われるようになりました。これが賠償の対象になるわけですが、いわゆる、事故や災難を体験した人が、その体験後に、心に癒しがたい深い傷が残り、精神面や身体面に何かの症状が出て苦しむことを言います。しかし、トラウマ同様、そのような体験後に心の傷が長引くか、自己治癒力で治っていくか、またどのような症状を作り出すかは個人差があり、誰が体験しても同じような結果を生むということはないのです。しかしながら、このような条件を満たした場合は、トラウマやPTSDとして認めましょうという診断基準が作られてきました。そしてその概念と基準は、今なお随時改善され書き改められているという状態なのです。
本書ではトラウマという言葉を一般に分かりやすいように、心の病を作り出している様々な原因となっている過去の出来事としてとらえていきます。それは単回性な出来事(事故や災難で作られるシングルPTSD)であったり、反復的、慢性的なもの(長期にわたる子供時代の環境で作られるコンプレックス(複合)PTSD)であったり様々です。
このコンプレックスPTSDは長く議論されてきましたが、事故や災難などのシングルトラウマが作り出すPTSDの診断基準のように、公式診断項目に現在は盛り込まれていません。なぜなら正しく診断できるかの問題が残るからです。しかし、長期にわたり反復するトラウマ、例えば、幼児期を含めた子供時代の虐待やいじめなどの様々な苦痛がトラウマとなり、非常に大きなパーソナリティ上の問題を作り出しています。感情のコントロールができない、回避性が強く出る、自己感覚の変化、加害者への異常な執着、対人関係での安定感の欠如など大きな問題となっています。このコンプレックスPTSDは臨床的にも重要な問題としてとりあげられています。本書においてもこの子供時代のトラウマの問題が中心になります。
また、一般的に精神医学の分野でトラウマとまでは呼べないような要因が心の病を作り出している場合もあります。例えば、幼少期の家庭環境による心の偏りやとらわれなどで作られる後天的性格、また、勝手な思い込みにより、親や友人達と心を開いた会話ができず、人間関係の誤解などを修正することなく、過ごしてきた結果が心の病を生み出すひとつの大きな要因となることもあります。実際子供のときから誰にも相談できずに一人思い悩んできた思いや考え、誤解や性格的癖を修正してやることで長年苦しんできた心の病が治ることもよくあります。こういったことも心の病を作っていた原因のひとつであるので、本書ではまとめてトラウマと表現していきます。
それでは、実際に幼少期に次のようなトラウマを受けて育った場合、どのようなことが一般的に起こるのかを説明していきます。