催眠状態を経験してない第三者が見ると、かかっている人はあたかも白分の意志を失って、言われるがまま、されるがままの状態に見えますが、そうではなくしっかりと意識も意志もあります。もし意識がないとすれば、それは誘導者の暗示という言語を理解し反応することができない状態であり、誘導不能になってしまいます。夢遊病者のように周りでどんなに語りかけても相手に伝わらないような状態とは違うのです。本人には全てがきちんと分かっているし、どうでもよいことや自分が苦痛でなければ、抵抗なく従ってしまう状態です。そして、催眠を解かずにそのままにしておけば自然に元に戻ってしまう単なる一時的なものなのです。
しかし、催眠状態や暗示が長期間持続される場合もあります。そのようなテクニックを使うか、催眠暗示を持続させたいと自ら願うような場合などは、持続的自己暗示としてかなり影響が残ることもあるでしょう。これは特殊な例であって、よほどのことでない限り催眠を解こうが解くまいが、時間の問題で催眠状態や催眠暗示は消えていきます。
それでは心の病の症状で苦しんでいる場合はどうでしょうか。同じように催眠に入って暗示を与えられることで治っていくものでしょうか。心の病の場合は、その人の無意識の領域に、症状を作って苦しめている原因となるものが存在します。だからその症状を作っている原因を消し去らない限り、一時的に暗示が受け入れられ、楽になっても結局は心の深層の領域(無意識)から暗示は拒絶されてしまい、暗示は時間とともに消えていきます。どんなにその人が暗示を受け入れたいと望んでも無理な話です。
よそで催眠療法を受けたが、どうしても治らないので、治して欲しいと相談を受けることがよくあります。そこでどのような催眠療法を受けたかと質問すれば、催眠状態にして暗示を与える昔ながらの単純な暗示療法であることが分かります。例えば、ある中年の女性が、毎日毎日が不安でたまらなく、病院で抗不安剤などをもらって飲んでいるが、いっこうに楽にならず、苦しいと訴えているとします。そこでよその催眠療法所に相談に行ったら、少し話を聞きトラウマ(心の傷)が影響しているから、それをほぐす必要があると説明されても、おもにやることは結局、催眠に導人していろいろな暗示を与え、さあ三つ数えて手を叩くと、あなたのずっと続いてきた不安感がスーッと消えてなくなりますよと言われる。そうなりたいと自分でも心から願ったけれど催眠から覚めた後、幾分心が軽くなったように感じはしたものの、不安感は何も消えなかったと訴えていました。何度か繰り返す必要があると言われて五、六回行ったが自分は催眠に入れないみたいでどうしても治らない、どうにかこの苦しみから解放して欲しいと悲痛な叫び声をあげておられました。
この本を読み進まれるうちに徐々に催眠療法について何が正しいかを理解できるようになります。だから、間違った療法で無駄な時間をかけ、手遅れにならないように自分で十分に判断できるようになっていただきたいと願っています。
心が苦しんでいる場合、その人の心の深層(無意識)の部分に原因となっている問題が抑圧されています。抑圧されているがゆえに、本人にはそれが分からないのです。意識では感じ取れません。だから、こういうことがあったので苦しむようになった、こういうことが起こるまではそんなことはなかった。原因は十分に分かっていると言われる方がよくいます。でも、分かっているのは自分を苦しませるようになったきっかけだけで、その背後にある過去の抑圧された原因など何にも分かってはいません。心の病を催眠療法で治す場合、その隠されている(抑圧されている)原因を明確にし、その原因となるしこりなどをほぐしながら取り除かなければ、その人の無意識はすんなりと必要な暗示を受け入れてはくれません。無意識の中に存在する抑圧されたものを意識上に引き上げ解放してやることを浄化といいます。意識上に引き上げるとは、自分の意識で自分を苦しめている真の原因を理解することであります。これがなければ浄化も解放もありえません。そしてさらに、無意識内の歪みを是正し、心の傷を癒すために、今までの性格的な特性や考え方を変える必要があります。そのために心理療法も必要になってきます。だが、カウンセリングなどを何年も受けている方は、すでに分かっていると思いますが、「カウンセラーの先生に言われていることはよく分かるし、白分でもそうでないといけないと思うが、どうしても自分を変えることができない、どうすればよいのかとジレンマや自己嫌悪を抱いてしまう」ということになります。いわゆる、正しく理解したこと、悟ったことを無意識の中に、どうしても受け入れることができず、頭だけ(理性だけ)で自分を変えることの難しさを嘆くことになります。
でも催眠療法は単なる心理療法で終わることなく、自分で願うことを無理なくできるようにしてくれる強い力になってくれます。無意識の中の抑圧された原因が分かれば、催眠(トランス)状態において、それを解放し、あなたが望むことを無意識の領域に難なく受け入れさせ、あなたを変えていきます。症状も治っていきます。
無意識について少し考えてみましょう。願望をかなえるような本を読んでいると、よく潜在意識という言葉が使われています。潜在意識=無意識と考えていただいて結構です。ここでは意識以外の世界(心の働き)を無意識と表現することにします。本来、意識と無意識はまったく別のもので、意識と無意識とは働きの役割が全く違っています。特に意識の方は無意識の働きに干渉できないようになっています。心の病の場合、過去の体験や環境による心の傷やストレスが無意識のなかに抑圧されていても意識では感知できません。だから厄介であり大変なのです。ところが、催眠(トランス)を活用することで、意識と無意識の交流が可能になります。だから、無意識の中に潜む原因を探り出せるのです。その探り出した原因を無意識の領域からどのように解放していくかが、次に問題となります。単に暗示だけでは無理があります。そのためには、心理療法を組み込んでいかなければトラウマの解消は無理なのです。これから催眠療法を受けることを考えておられる方は、単にトラウマ(心の傷)を癒すとか退行催眠による原因追究とかの言葉や説明にだまされることなく、本当に治療者が、きちんとした心理療法ができるか、深い人生経験を持っていて知識もあるかどうかということも判断基準に入れるべきでしょう。基本的に人生経験も浅く学問的知識のみで対処する治療者に果たしてどれだけ人の心の深いところに共鳴し理解することができるでしょうか。それがなければ人は導けないのです。