はじめに――
人間とは何か、心とは何か、生きるとは何か、人生をいかに生きるべきか、なぜ生きることに苦楽がともない、時として楽に溺れ、苦に敗北してしまうのか。
あなたは、これまで心の病を治すために、または心の苦しみから逃れるために、カウンセリングや催眠療法などの様々な療法を、受けた経験をお持ちかもしれません。でも、十分に治すことが出来なかった。説明を受けて、今度こそ治るかもしれないと期待したのになぜ・・・・・・。治らなかったその答えを、この本により見出してください。そして、治すこともできるのだという希望も手に入れてください。
心の問題を解決するための催眠療法は、催眠に入りやすい、入りにくいなどの個人的催眠感受性は問題ではありません。催眠によく入れない人でも、催眠療法として十分な効果を出すことが出来ます(後に本文で詳しく説明します)。心の病というほど深刻な状態ではなくても、人間関係におけるさまざまな精神的苦痛などの本質は、どれも同じであると思っていただいてよいでしょう。
私たちの心の問題は、デリケートで複雑です。なぜこんなにまで悩むのか、苦しむのか、こだわるのか。もっと楽に生きたくても、次々に悩みが襲ってくるものです。この苦しみを乗り切るすべを身につけて、有意義な人生を送っていただきたいと願っています。
長年、心の病や精神的苦痛で悩んでこられた人々にとっては信じがたいことかもしれませんが、心の病を治すことはそれほど難しいことではないのです。
一般的にいって、どのような心の問題も治る可能性は十分にあるといえます。しかも短期間に可能です。なぜそう言い切れるのかを、この本を読んで理解していただきたいと思います。
人は生まれつきの個人差(遺伝的要因)があります。その違いによって、稀に長期にわたる場合があるかもしれません。しかし、多少時間がかかっても、諦めることなく、希望に満ちた未来と、悔いのない貴重な自分自身の人生を歩んでほしいものです。
自分自身の生まれつきの性格や環境(トラウマ)によって形成された性格の傾向や癖を、今、ここで十分に見つめ直してみることです。そこから答えが見えてきます。あなたが、なぜこんなにまで苦しむのか、どうして環境になじめないのか、なにゆえ今生きているのが辛いのか・・・・・・。
生きるとは、苦しみがあったとしても、それを乗り越えた後には、もっと有意義で楽しいものであって欲しいものです。人生のすべての局面を、エンジョイして欲しいと願います。
ある時は、苦しみを乗り越えて充実感に浸り、ある時は挫折感に打ちのめされ、そして立ち上がり、人生の意義を見いだして生きていく。そんな人生を歩むためには、心というものを知ることが必要だと思っています。
これまでの人生において、あなたが、深刻な心理的苦痛や症状に悩まされ経験がなかったとしても、自分自身の無意識の働きを知り、葛藤のない人生を手に入れてください。
しかし、あなたのこれまで生きてきた環境が、あなたを苦しめ悩みをもたらすようなものだったとしたら、その環境(トラウマ)から受けた影響を探り、早く修正しなければならないのです。
自分の心を知り、悪い環境(トラウマ)からの影響による歪曲を修正することで、あなたの人生は変わっていきます。
これまで、自分は治らないのだ、変われないのだと諦めながらも、どうにかならないものかともがき苦しんでこられた方々、生きる希望を失いかけている方々の助けになれたらと願ってやみません。
誰もが、心の病や耐え難い精神的苦痛から開放され、満ち足りた人生を生きることが出来るのです。希望に満ちた未来に焦点を当て、夢に向かって生きていけるように、あなたの人生を切りかえる道を見出していただきたいと願います。
2007年10月20日
マインド・サイエンス
井 手 無 動
序章 心の病を治す
1、心の病は治せる
あなたは変わることができる
最初に、なぜあなたは変わることが出来るのか、どうすれば心の病を治せるのかについて説明し、詳しくは後章で、納得のいく裏づけや説明をしていきます。また、最近、急激に発展を遂げ解明されてきた脳科学の視点でも、脳と心の関係や深層心理の世界をわかりやすく説明していきます。
まず、最初にこの「序章」で、この本ではどのようなことが説明されているかの概要を知り、あなたが変わっていける道すじを、あなた自身に大まかに理解して欲しいと思います。
最初に、この「序章」を読んで、その後に詳しい説明や視点を変えた解説を、どこからでも関心があるところから読んでください。あなたがこれまでずっと苦しんできたとしても、この本の内容を理解していただく過程で、心の病による症状や精神的苦痛から、自分もきっと、開放されるにちがいないという確信を、持っことができるようになるでしょう。
もう悩まないでください。正しい理解があなたを救ってくれます。
心の病を論じるとき、トラウマという概念が取り上げられます。このトラウマを心の病の原因と安易にみなしてしまっては、かえって治りにくいのです。
あなたも経験があると思います。心の病で苦しむようになって、カウンセリングを受けたとき、子供時代の親子の環境や心理的関係を聞かれ、「あなたが悪かったんじゃないのよ」「そういった環境があなたを苦しめ症状が出たのよ」「あなたのお母さんの養育姿勢に問題があったのよ」など、過去を分析し納得のいくような説明や慰めを受けたとしても、心が楽になり症状が消えるわけではなかったでしょう。
いったん気持ちが楽になったとしても、結局は何にも変わらなかったはずです。そのようなアプローチだけでは治らないのです。
催眠で無意識に働きかける
心には意識と無意識の世界があります。そして、意識の世界は無意識の世界のほんの一部分しか把握し理解していないのです。私たちの心の中は、無意識の世界が支配しているといっても過言ではないのです。
カウンセリングにおいて、話を聞いて意識が理解しても、あなたの無意識が納得できなければ、症状に改善は見られないのです。では、どのようにすれば無意識が納得するのでしょう。それは簡単です。無意識に直接、働きかければいいことなのです。その手段が“催眠”です。
催眠といえば、いまだに誤解や偏見があり、その人が聞きかじった知識の範疇で、誰にでもかかるとは限らず効果が疑わしいとか、まやかしみたいに批判する人や懐疑的な目で見る人が多いと思います。それはこれまで、催眠の本当の世界を知る機会がなかったからでしょう。
過去に催眠療法を受けて、「催眠にはかからなかったので効果がなかった」といって、催眠療法をあきらめている人も多くいます。
心の病を治すために催眠を活用するということは、催眠の原理を個人差にあわせて活用することで、催眠に入ったとか入らなかったとか論じて、効果を決定するような、幼稚なレベルで判断して欲しくはありません。かっては、そのような程度の催眠療法が横行していましたが、催眠について正しい知識を持っていただき、あなたの人生を開くために、自己向上のために活用して欲しいのです。
もちろん詳しくは後の章で説明しますが、この催眠という心理状態(脳の状態)を活用することで、人の無意識に働きかけることが容易になるのです。
無意識に働きかけるといっても、人をマインドコントロールして支配することではありません。その人が意識で望む世界に導いてやることです。理性で理解した自己改善の手助けを、無意識の邪魔だてなく可能にするのです。
心理療法で意識(理性)に働きかける
催眠療法というと、一般には、催眠をかけて暗示を与えることだと理解されています。確かにそういった部分もありますが、それだけでは人の心の問題は解決しないのです。
催眠性の暗示は人の無意識に働きかけます。しかし、何度暗示を繰り返しても、その暗示を無意識が受け入れるとは限らないのです。なぜなら、心の病は、これまでの環境からの学習による無意識の歪みが、原因になっているからです。
無意識の領域に心の病の原因があるからには、無意識が適切な修正の暗示を単純に受け入れるはずはないのです。ゆえに、意識化された理性の働きによる無意識内の修正を可能にする心理療法が絶対に必要なのです。
心理療法を伴わない催眠性暗示は、人を変えることができても、それは一時的なものであり、永続性がないことが多いのです。特にトラウマによる心の病としての症状には、なぜそのような苦痛や症状に悩まされるかという、因果関係を理性に理解させることと、催眠下での心理療法で感情が納得して初めて、暗示がしっかりと無意識に影響を与え、症状の改善に効果が出せるようになるのです。
つまり、適切な心理療法があってはじめて、無意識が暗示を長期に受け入れ無意識内の機能修正が可能となるのです。
理性と情動を修正する心理療法
人には、理性や感情があります。感情を作り出す元の働きかけを心理学や脳科学では“情動”と呼んでいますが、この情動(感情と同じように理解されてかまいません)が、重要な問題になるのです(第Ⅰ章、P66参照)。
トラウマによって作られた不適切な情動の表出が起きると、脳は混乱し症状が発生します。情動の混乱を抑制できるのは理性です。この理性を働かせるためには“理性の理解”という心の(脳の)学習が必要になるのです。
意識の場は、新しい脳(新皮質)の前頭連合野という部位です。ここが、人間らしさや理性を生み出しています。この理性が無意識の情動をコントロールできる唯一の手段なのです。しかし、情動をつくり出している大脳辺縁系の働きは無意識的であり、その働きを意識で捉えることはほとんどできません。
一見厄介に感じますが、ここに心の病を治す一つの答えがあるのです。
心理療法とは、トラウマによって作られた理性と情動の修正のために、新皮質が進化的に古い情動系を制御することを学習させる方法であるといえます。
2、心の病と無意識
心の病は、情動を修正すれば治る
催眠という心の状態は、意識はあっても普通の状態ではない、特別な意識状態を言います(これを変性意識状態といいます)。
心の病を治すためには、この変性意識の状態で思考し理解することが必要なのです。変性意識の状態で思考し理解するということは、表現を変えれば座禅などの瞑想状態で悟るということと本質的には同じことなのです。無意識の世界に有益な変化が起こることは、悟ることにほかならないのです。
無意識が作り出している心の病は、無意識が変わることでほとんどが治っていきます(理性の調整が必要な場合があります)。無意識が変わるためには、無意識の世界で作り出される“情動”が修正されなければならないのです。
心の健康はある意味で、情動の衛生管理によって保たれるといえます。言いかえれば、心の病は、情動の秩序が壊されたことの表れであるといえるでしょう。
情動の不適切な働きかけは、かなりの程度までは心の問題の範疇で済みますが、あまりに長期化すると、精神病理的な結果を招くことになります(第Ⅰ章、P69参照)。