HOME > 本文紹介 Ⅱ

生い立ちの秘密によって人生の方向性が決定付けられたのか、逃れようがないそうした宿命で生まれてきたのか・・・。
精神的苦悩の中でのもがきとそれゆえに達成できた自己錬磨によって、ライフワークを見出していく・・・。
ただ、そこには、不思議な運命的な出会いや展開があった・・・。 ナラティブカンパニー 井手無動

心を救う独自の催眠療法
確立までの奇跡と脳科学

≫≫≫前ページからの続き

●脳と心の関係を探る道へ

 死を覚悟してからの3年間、毎日滝に打たれながら瞑想して向き合ったのは、やはり心だった。
「心の謎を探求し、心の問題を抱える人の手助けをしたい・・・・・・」
 こうして、井手は催眠療法を使ってカウンセリングをおこなうマインド・サイエンスを再開する準備に入った。
 催眠療法をもう一度多角的に検証してみると、理論のたしかな裏付けが足りないように思えた。これまでの深層心理学や精神医学だけでは、心と向き合うにはまだ物足りなさを感じるようになった。
 井手は足りない何かを、答えをがむしゃらに模索し続けた。何かが足りない・・・・・・。
 そうして、やっとたどり着いた世界が「脳科学」だった。
 当時は、まだ脳科学のことが一般に知られていない時代。脳と心の関係など考える人などほとんどいなかった。しかし、脳科学を紐解くと、これまで説明のつかなかった疑問に対する答えが見えてきた。
「なぜこれまで治せなかったのか。では、どうすれば治せるのかという様さまざまな答えやヒントを見出せました。心を精神的な内的世界だけでとらえてはいけない。脳という物質の外的世界を無視できないと直感しました。これは単なる唯物論ではないのです」
 井手がこのような結論に至ったのも、滝行における瞑想の賜物だった。

●転機とテレビ出演。しかし相談者は増えたものの・・・・・・

 マインド・サイエンスを再開して1年ほど経ったころ、転機が訪れた。テレビ番組『たけしの万物創世紀』(テレビ朝日)への出演オファーが届いたのだ。テーマは、井手が研究し続けてきた退行催眠だった。
 撮影は事務所でおこなわれた。「公衆トイレで急かされると用を足せない」という男性の相談を受け、なぜそうしたことが起こるのか、子どものときのトラウマを見つけ出して解消するという内容だった。
 井手は男性を催眠誘導し、原因となる記憶を呼び覚ました。実家のトイレが離れた場所にあったこと、子どもだったので夜中ひとりで離れたトイレにいくのが怖かったこと、そのため母親を起こしてトイレに行っていたが、母親は眠いので急かしていたこと、そして、両親がケンカでいい争うと、どちらを選ぶのかとよく攻め寄られていたことなど・・・・・・。
 こうした幼少期のプレッシャーがトラウマだった。
「この番組は、子供のときの普段思いだすことがない記憶がトラウマとなって、現在の症状にこんなふうに絡むのだということを、退行催眠として紹介した初めての番組でした」
 井手がこう振り返るように、視聴者に与えたインパクトは大きかった。放送後に東京から福岡まで泊りがけでやって来る相談者も急増した。地元のテレビ局にも取り上げられるようになった。
「テレビの効果は大きく、人生を変えたと言ってもよいぐらいでした。あれがなかったら今の私はなかったと思うし、マインド・サイエンスも続いていなかったかもしれません」
 井手は一躍、時の人となった。地元のテレビ番組で紹介されると、放送が終わる前から事務所の電話が鳴り始め、対応に追われた。心の病気に悩む人々が少なくないことをあらためて感じるとともに、「テレビ出演という幸運が自分の身に起きたことで、滝行で感じさせられた使命感を実践する義務と決意をあらたにした」と振り返る。
 しかし、テレビ番組は視聴者を楽しませるために、昔からショーとして催眠術を取りあげる傾向があった。その影響もあり、瞬間的に治ることを期待した相談者からの問い合わせも増えていった。
 トラウマがつくり出す心の問題は、トラウマを解消し、ダメージを受けた脳の回復を待たなければならない。井手は一人ひとりに丁寧に説明し、誤解を解かなければならなかった。
「正しい知識を何らかの形でしっかりと伝えなければ・・・・・・」 
 そう思っていたところ、出版依頼がきた。電話で一人ひとり説明していたのでは埒が明かない。書籍出版は井手の考えを伝えるには打って付けの媒体だった。こうして2003年、初の著書となる『催眠療法』を出版。2007年には2冊目の著書「心の病は治せる」も出版した。
 出版により、催眠療法について正確な情報を伝えられるようになり、読者からの問い合わせも途絶えることがなかった。ようやく誤解を解く作業から解放されたのだった。

次ページへ続く≫≫≫